菅野博史先生「『法華経』『法華文句』講義」第5回が、8月24日(月)午後6時半より開講されました。通算では99回目になります。今回はテキストの『文句(Ⅲ)』の864頁5行目の「是時十六菩薩沙弥知仏入室」からです。経文では、十六人の菩薩沙弥達は、仏が部屋において八万四千劫にわたる禅定に入ったことを知って、仏の代わりに長きに渡り妙法華経を説き弘めるところからです。
三昧から出た仏は、この十六の菩薩沙弥達が八方の世界を治める仏たちで、十六番目がこの娑婆世界で法華経を説く我、釈迦牟尼仏であることを明かします。そして、自らが沙弥だった時に教化した衆生の中では今ここで声聞の弟子となった者も、また滅後の後の未来世で声聞の弟子となる者いると述べ、仏の沙弥時代からの結縁を明かします。また如来の智慧が難信難解であると強調しつつ、仏の方便の説法は除いて、二乗で悟りを得ることはできず、唯だ一仏乗だけが悟りを可能とすると説きます。そして、如来の方便の意義を説き、仏は衆生が小法を願って五欲に執着することが分かっているので、入滅してショックを与えるのだとして、「譬へば、五百由旬の険難悪道の~」と五百由旬の譬喩を述べていきます。この前までが今回の経文の範囲となります。
テキストの『文句』の科文では、十六菩薩沙弥が衆生に法華経を説いた過去の結縁について、「正しく結縁を明かす」「昔日その結縁を明かす」と題して解釈していきます。そして「譬説結縁」では、譬喩には開譬と合譬があり、また開譬にも①導師喩(釈尊の比喩)と②将導喩(引き導く比喩)の二つがあるとします。菅野先生は、こうした『文句』での譬喩の説明なども、吉蔵の『法華玄論』からの引用が多いと指摘されて、先行文献の『法華玄論』の重要性を説明されました。特に、次回の範囲となる「化城喩」の解釈では『法華玄論』からの引用が多くなるとのことです。
次回は、『文句』は872頁の始め「「五百由旬」とは、基師の三界の結惑を三百と為し、七地に断ずる所の習気を四百と為し~」から、経文は「譬へば、五百由旬の険難悪道の~」からになります。ちょうど通算100回目となる9月28日(月)の講義ですので、もしかしたら気力快復・向学心増強の「化城」効果が得られるかもしれません。ぜひ御受講のほど宜しくお願いいたします。(スタッフ)