一日集中講座「本覚思想の研究史と批判仏教論争」報告
令和8年8月1日(土)13時30分より、2026年度前期【一日集中講座】が、常円寺祖師堂地階ホールを会場に、オンライン同時配信のハイブリッド型で執り行われた。講師には駒澤大学名誉教授の石井公成先生をお迎えし、「本覚思想の研究史と批判仏教論争」の講題で、休憩を挟み四時間を超えるご高説を賜った。
本講座では、島地大等以来の本覚思想研究と如来蔵思想研究の歩みを辿ったうえで、1986年に始まった「批判仏教」の意義と問題点、その後の研究状況が、社会的背景も含めて論じられた。
前半は研究史が語られた。「本覚」を題名とする書物は中国にはなく、日本でもごく僅かである——まず「本覚思想」という言葉の定義そのものを問い直すところから講義は始まった。島地大等が本覚思想を「大乗仏教の頂点」と評価した近代日本の時代背景、欧米と日本における如来蔵思想研究の展開、高崎直道先生の『如来蔵思想の形成』の画期性が示された。とりわけ、ゴートラ(種)やダートゥ(骨)といった生々しい原語が、中国で「性」の一字に抽象化されたという訳語の問題、また中国撰述の擬経(先生は「偽経」「疑経」に代えてこの呼称を用いられる)が中国仏教の性格を方向づけたという指摘は印象深く、草木成仏や本覚思想を安易に「日本独自」と語ることへの注意も促された。
後半は『大乗起信論』の近代における受容史から批判仏教へ。明治初年に東京大学で仏書講義を開いた曹洞宗の学僧・原坦山にはじまり、中国近代仏教の中興の祖とされる在家仏教者・楊文会と、サンスクリット研究の先駆者である大谷派の南条文雄との交流、そして英訳の登場。さらに清末の革命思想家・章太炎はこれを革命思想に援用し、朝鮮近代の歴史家・崔南善は朝鮮仏教論の柱に据えるなど、同じ一つのテキストが国ごとにナショナリズムの器となっていく経緯が語られた。そのうえで、1979年の第三回世界宗教者平和会議における差別発言と差別戒名の問題に端を発し、袴谷憲昭・松本史朗両先生の問題提起から国際的な論争へと展開した批判仏教の一部始終が、長くその傍らで見てこられた立場から詳しく振り返られた。
質疑応答も活発であった。道元と本覚思想の関係、擬経と経典の真偽の問題、思想と差別の関係など、本質的な議論が交わされた。どのような理論も差別の根拠にも平等の根拠にもなりうる——思想の内容と、その社会のなかでの用いられ方とを区別して考えるという方法は、教えを現代に語り直そうとする私たちに多くの示唆を与えるものであった。
本覚思想と如来蔵思想の研究史を丹念に辿ったうえでこそ、批判仏教論争の輪郭がはじめて見えてくる——講題に掲げられた二つの主題が一本の線で結ばれる、まことに充実した講義であった。(スタッフ)