平成28年11月12日、花野充道先生の第8回目の講義が行われました。
今回は、道元の「本証妙修」や親鸞の「如来等同」と比べながら日蓮聖人の「即身成仏」の論理を説明されました。
天台大師の六即の論理を本覚門的に改変したのが道元の「本証妙修」である。天台大師の六即は、迷いの凡夫も論理的には即仏であるが、現実は迷いの凡夫にすぎないから、初住成仏を目指して止観の修行をしなければならない。ところが道元は、本証の妙修であるから、坐禅修行の姿が即仏であると論じているとして、「初心の弁道すなわち本証の全体なり」の文を挙げて説明されました。
次に親鸞は、家永三郎先生の言葉を借りて言えば、如来より賜りたる信によって、「絶対否定による絶対肯定が実現する」、それが「如来等同」の論理であるとして、「信心よろこぶそのひとを、如来とひとしとときたまふ」の文を挙げて説明されました。
日蓮聖人の「即身成仏」は、お題目を唱え、菩薩道を行ずる姿が即仏であるという論理は道元に通じ、絶対否定の帰命の信によって妙法曼荼羅の仏の世界に以信得入するという論理は親鸞に通じる、と説明されました。
次回は、天台大師の『摩訶止観』に説かれる一念三千の成仏論と、日蓮聖人の事の一念三千の成仏論を対比しながら講義してくださるそうです。皆さまのご聴講をお待ちしています。