日蓮聖人御生誕の聖日となる2月16日(月)午後6時半より、菅野博史先生「『法華経』『法華文句』講義」(通算93回目)が、開講されました。今回の講義範囲は、テキスト『法華文句(Ⅲ)』の830頁1行目の「「如可承攪」とは、応身が世に降りてするに~」から、837頁3行目の「是れ別教の増長なり」までです。経文の範囲は、「承攪す可きが如し~」から、「是れを大樹の而も増長することを得と名づく」までになります。

今回の経文の内容ですが、長行箇所をまとめて再説する偈文ながら、長行よりも文字数が多くなっています。大雲の大雨の如き如来の一味の説法によって、大中小の草木のごとき衆生が等しく成長して悟りに至るという内容は同じですが、より詳しく述べられています。『文句』の随文解釈も、長行箇所より教学的に整理されて説明されているようです。

偈文の解釈は、「その雨は等しく四方に流れること無量にして、率土を充(そつど・み)ち洽(うるお)し、山川険谷の幽邃に生いたる所の卉木薬草や大小の諸樹など、雨が豊かに潤す」から始まるのですが、私見ながら『文句』の解釈が深いと思わされたのは、「山川険谷・幽邃所生」の次の説明です。

「「幽邃所生」とは、上の第二の衆生の習因の差別を頌する。衆生が久遠の昔に植えた習因は、[五]陰・[十八]界・[十二]入のうちに隠れることをたとえるので、「幽邃」という。今、法の雨を受け、すべて開くことができるので、「所生」という。」

ここでいう「衆生が久遠の昔に植えた習因」とは、「仏種」ではないでしょうか。娑婆の生活で隠れているその仏種が、いま法の雨を受けてすべて開くというのはいわば「脱益」で、この「幽邃所生」の一句は、下種益・熟益・脱益の「三益」の教学的発想の源ではないかと思わせるほど、『文句』の随文釈義の深さを感じさせます。

その他にも科目でみると、「標章を合するを頌する」では四諦説に基づいての四弘誓願を論じ、「受潤を合するを頌する」では経文内容を二乗、菩薩、通教、別教と分けて論じていきます。また「経を釈す」でも人天の生長、二乗の生長、また通教の増長、別教の増長としてそれぞれの経文の意味付けを明確に解釈しています。今回の講義は、「「復た禅に住して」の下、第四に二行は、是れ別教の増長なり」の837頁3行目で終了しました。

次回は3月30日の開催で、テキスト『文句(Ⅲ)』は838頁1行目の「問う。一雲一雨と一音とは同異いかん」からの始まりです。次回でこの「薬草喩品を釈す」は1頁分で終了して、842頁からの「授記品を釈す」に入ります。充実したレジュメで、途中からでも充分ついて行ける講義です。ぜひお申込み頂き、『法華経』の随文釈義を共に学び理解を深めて行きましょう。(担当スタッフ)

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