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通算86回目となる菅野博史先生「『法華経』『法華文句』講義」前期4回目が、7月28日(月)午後6時半より常円寺祖師堂地階ホールにて開催されました。

今回の経文は、父が全財産を子に相続する「長者窮子の譬え」を語り終えた四大声聞が、重ねて偈文により長行の話をまとめて述べる信解品の最後までです。菅野先生は、この回で信解品を終える予定でしたが、偈文も長く、解釈する『法華文句』の内容も豊富だったため、偈文での窮子が長者の家で働き始めるところまでの解説となりました。

今回の『文句』の解釈は、科文では長行の「正しく家業を付するを明かす」で、長者が「吾が所有一切の財物は、皆是れ子の有なり」という経文の解釈からです(774頁1行)。続けて述べられる「先に出内する所は是れ子の所知なり」の解釈ですが、これは子を仏弟子達とみて、「先に」説かれた般若経典などの教えはすでに汝の「知る所」なのだから、汝等が「所有」して身に付けていることだとして、次に「故に『法華』はただ仏の知見を明かして、更に広く一切の行相を説かざるなり」と述べています。

今回、この一節が私には実に刺激的でした。菅野先生の現代語訳では「それ故、『法華経』は、ただ仏の知見を明らかにするだけで、詳しく一切の修行の様相をけっして説かないのである」です。先生も「『法華経』は薬の効能書きのみで薬がないと批判された」との話をされましたが、薬とは効き目のある修行法のことです。しかし、この見方自体が大間違いだということを、この一節は明かしているのですね。

『法華経』では、修行の様相などは既に知られたことであり、大事なのは「だた仏知見を明らかにすること」です。仏知見とは、開示悟入の仏の大慈悲にほかなりません。いいかえれば「仏の知見を明かして」とは、「仏の授記」ではないでしょうか。『法華経』中で唯一詳しく行相を述べているように思える不軽行が「菩薩の授記」であることも考え合せると、『法華経』は皆が成仏することを保証する仏滅後の授記経典だといっているのではないか、などと勝手に興奮しているうちに、あっという間に講義の終了時を迎えてしまいました。

次回の始まりはテキストの『文句』783頁後ろ3行目、「長者有智」の下、第四に十行は、上の第四の領付家業を頌す」からになります。今回は、長行での「家業を付すを明かす」から始まりましたが、次回は偈文での「家業を領するを頌す」です。

初めての方も、充実したレジュメを参考にしてついて行ける講義ですので、ぜひご受講下さい。(担当スタッフ)

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