一日集中講座「臨終行儀の今―変貌する死と儀礼」講座報告

一日集中講座「臨終行儀の今―変貌する死と儀礼」講座報告
2024年8月31日 commons

2024年8月31日、法華コモンズ仏教学林の一日集中講座「臨終行儀の今—変貌する死と儀礼—」が開催されました。この講座は、菊地大樹先生による前期4回連続講座「中世の臨終行儀―『往生要集』から日蓮の時代へ」を踏まえ、より現代的な視点から臨終行儀の問題を深める目的で企画されたものです。

 

連続講座ではジャクリーン・ストーン博士の『臨終正念―中世前期の仏教と臨終行儀』を参照テキストとして用い、日本の臨終行儀の歴史と変遷を辿りました。そして臨終行儀の発展と変容を学んだ後、その知見を現代に繋げるべく、近代仏教の研究者である大谷栄一先生を招いて開催されたのが今回の集中講義です。

菊地先生と大谷先生による二部構成の講義と対談を通じて、臨終行儀の歴史的変遷と現代社会における死生観の変容について、講義と議論が行われました。

 

第一講では、菊地大樹先生が「臨終行儀の終焉?近代化?—近世往生伝から葬式仏教まで—」と題して講義を行いました。まず、臨終行儀のロング・デュレ(長期持続的方法)について説明があり、平安時代から近世にかけての臨終行儀の変容が解説されました。

 

中世における死生観の到達点として、六道輪廻の概念の視覚化・精緻化や十王信仰の伝来、武士の死や臨終正念の確保についての変化が語られました。特に、武士の死生観の変化や、臨終正念を重視する考え方から日常の修行へと重点が移っていった過程が詳しく説明されました。

 

中世後期から近世の展開では、近世臨終行儀の確立過程として、文献的な継承や定型的な葬送文化の誕生、徳川の宗教政策の影響などが取り上げられました。近世の臨終行儀書と往生伝については、宗派的志向の強まりや終末期の看護に関する記述の増加、遺体処理への注目などが指摘されました。

 

近世の臨終行儀書における遺体の扱いの変化について、菊地先生は重要な指摘を行いました。中世までの臨終行儀書が臨終の瞬間に焦点を当てていたのに対し、近世の文献では遺体への配慮が増加し、葬送文化の発展が見られるようになったことが示されました。さらに、臨終行儀における女性の役割についても言及があり、近世に入ってから次第に認められるようになっていった過程が説明されました。これらの変化は、近世社会における死生観や儀礼の変容を反映するものとして位置づけられました。

 

日蓮門下の臨終行儀についても言及がありました。日遠の「一念三千等之事」が日蓮門下で初めて作成された臨終修行の詳細な指南書であることが紹介されました。また、近世初期に出現した臨終曼荼羅の使用や、『千代見草』という文献についても触れられました。『千代見草』は、日蓮宗の臨終行儀の伝統的な特徴を残しつつ、『法華経』と日蓮以来の独自性を反映しており、特に臨終題目による救済を強調している点が指摘されました。これらの説明を通じて、日蓮宗の臨終行儀の特徴と発展が明らかにされました。

 

最後に、現代のスピリチュアル・ケアとの関連から、臨終行儀の終焉と近代医学の導入について触れ、現代社会における臨終行儀の可能性について問題提起がなされました。

 

第二講では、大谷栄一先生が「現代仏教における「死のリバイバル」」というテーマで講義を行いました。はじめに、現代日本における「死のリバイバル」と仏教界の関係について問題提起があり、現代日本が人口減少社会であり超高齢多死社会であることが示されました。

 

前近代(伝統)、近代、ポスト近代(後期近代)の死のあり方については、死別に関する研究の進展と「死のタブー化」について解説があり、「死の物語」のゆくえについても言及されました。特に、近代化に伴う世俗化の進展や科学的世界観の普及が、人々の死生観にどのような影響を与えたかが詳しく説明されました。

 

現代日本における「死のリバイバル」と仏教界の関係では、1980年代以降のビハーラ運動、死の準備教育、新しい葬制、人生会議などの動向が紹介されました。また、デス・カフェや「死の体験旅行」といった新しい取り組みについても説明があり、これらの活動が現代社会でどのような意味を持つのかが考察されました。

 

ターミナル・ケアとスピリチュアル・ケアについては、その定義と仏教との関係について詳しい解説がありました。特に、スピリチュアル・ケアが身体的・精神的・社会的苦痛の緩和と並んで、患者のQOL(生活の質)を高めるために不可欠なケアであることが強調されました。

 

臨床宗教師については、その成り立ちと特徴について詳しい説明がありました。被災地や医療機関、福祉施設などの公共空間で心のケアを提供する宗教者として、臨床宗教師の役割が注目されています。布教を目的とせず、相手の価値観を尊重しながら寄り添うという姿勢が重要であることが指摘されました。

 

最後に、現代社会における仏教的な「死の物語」の役割や、臨終行儀の現代的再構築の可能性について問題提起がなされました。特に、現代人が共感できるような仏教的な「死の物語」をどのように提供できるか、また「死では終わらない物語」に根ざした現代の往生伝の可能性について考察がありました。

 

講義後の対談では、両先生の講義内容を踏まえつつ、臨終行儀の現代的意義、死生観の変容、仏教の社会的役割、臨床宗教師の課題、今後の展望などについて議論が交わされました。特に、現代社会における「みとり文化」の再構築や、寺院が地域包括ケアシステムの一端を担う可能性について活発な意見交換が行われました。

 

この講座を通じて、臨終行儀の歴史的変遷と現代的課題が有機的に結びつけられ、参加者に新たな視座を提供する機会となりました。前近代から現代に至る死生観の変容を多角的に捉えつつ、現代社会における仏教の役割について深く考えさせられる貴重な講義となりました。(スタッフ)