3月4日(土)、大竹晋先生の連続講座「史実・僧侶妻帯世襲―ブッダ時代から現代まで」の第6回「日本篇Ⅳ・近現代の僧侶妻帯世襲――僧侶はどう変わったか」が行われました。
まず近世の日本における僧侶の過多と幼年出家による還俗の困難さが、僧侶の妻帯世襲を容認・準備させたこと、現代の日本においても僧侶妻帯世襲は基本的に寺の息子の幼年出家によって成立するため、幼年出家の再生産こそが近現代の日本における僧侶妻帯世襲の本質であると解説していただきました。
また、幼年出家の僧侶が妻帯してできた子孫が「仏作」と呼ばれたこと、その子孫が僧侶の資質に乏しいまま幼年出家して僧侶となることが、各宗の僧侶のあいだで問題視されたことを文献をもとに紹介していただきました。
僧侶妻帯世襲は、当初はその子孫の僧侶が(妻帯世襲が犯戒であることから)自らを「罪の子」との意識を持っていたが、時代がくだると「仏縁の子」ととむしろポジティブな意識に変わっていったこと、さらには在家出身の僧侶と自らとを比べての選民意識が生じる傾向もあったこと、その中で大竹先生は「ブッダは「生まれによって婆羅門なのではない」と説いたが、寺の息子や娘は生まれによって選民意識を持つ婆羅門へ変化。寺の息子や娘に必要なのは選民意識でなく自己認識でないか」との疑問を呈されました。
大竹先生は日本の僧侶が「家庭を出ておらず」「波羅提木叉を受けておらず」「比丘の僧伽を作っていない」ことから実質的に僧侶ではないといえる、としてむしろ諸宗の根本問題は僧侶が破戒していることではなく、俗人が僧侶のふりをしていることではないか、との認識を述べられました。
大竹先生の講義ではこれまで目にすることのなかった当時の意見や問題・観点を、文献から丁寧に洗い出してご紹介いただき、当時の生きた議論を感じとった思いです。大変に貴重な講義をしていただき感謝いたします。(スタッフ)