去る9月28日(月)に通算28回目となる菅野博史先生の「『法華経』『法華文句』講義」が開催されました。テキストの『法華文句(Ⅰ)』の本文を前回に修了して、今回は付録となる菅野先生の「解説(上)」をご講義頂きました。レジュメには、「解説(上)」の全文(261~326頁)を掲載して、詳しく説明して頂きました。報告では、その章立てと中見出し、そして内容の一部引用を載せましたが、これで全体の感じを掴んだら、正確な理解をする為に直接にテキストの「解説(上)」を読んで頂きますようお願い致します。
- 中国仏教における経典注釈書の発展
『法華文句』は随文釈義の経疏(経典注釈書)である~中国人仏教徒は自己の思想を表明する場合、必ずしも独立の書を執筆するのではなく、経典の注釈という形式のなかで、自己の思想を表明する場合も多かった。
【1】注と義疏の区別と中国仏教史における注から義疏への展開
注は 経典の全文を出し、それに説明を加えたもので、経典本文が中心的存在であり、注は 経典から独立した著作ではなかった。他方、義疏は、経典の全文を出さず に、撰者の選んだ経文を出し、それに説明を加えたものであり、撰者自身の著作と見 なされるものである。 現存する最古 の注釈書のいくつかは「注」の形式を採用し、その後、道生の『妙法蓮花経疏』に代表されるような「義疏」の形式を採用した注釈書が現れる。
- 現存する最古の義疏ー道生『妙法蓮花経疏』
道生には、『法華経』、『維摩経』、『涅槃経』に対する注釈が現存している。本疏は経序を独立に立てていないが、 随文釈義の前に、簡潔な 義疏撰述の背景、経題釈が見られ、その経題釈のなかで、教判(四種法輪)、『法華経』 の「宗」(根本思想)を「大乗」とすることが示される 。~以下、随文釈義の部分を資料として、道生の注釈の方法を何点かに整理して考察したい。
【3】『大般涅槃経集解』、法雲『法華義記』
梁代の経典注釈書で完本として現存するものはきわめて少ない。しかし、幸い、大 部な『大般涅槃経集解』と、中国法華思想史において影響力の大きな法雲『法華義記』 がある。本節では、これら二つの注釈書を取りあげる 。
(1)『大般涅槃経集解』 『大般涅槃経集解』(『集解』と略す)
『大般涅槃経集解』の注釈の特徴に関して、もっとも注目すべきは、編纂者が十法 師の経序を八項目に分類したことである。これらの釈名、辨体、叙本有、談絶名、釈 大字、解経字、覈教意、判科段の八項目は、後代の智顗、吉蔵の注釈書に見られる項目と共通のものも見られ、梁代の経典注釈書のほとんどが散逸して現存しない今、これらの八項目は大いに注目すべきである。
(2)法雲『法華義記』
次に、『法華義記』は法雲の『法華経』講義を弟子が筆録したもので、『法華義記』の構成については、教判、経題(妙法蓮華経)の解釈、『法華経』の分 科から成る総序ともいうべき部分が冒頭に置かれる。~『法華義記』に見られる分科は、智顗、吉蔵の『法華経』解釈に大きな影響を与えた。
- 浄影寺慧遠の経典注釈書
要点としては、 第一に声聞蔵・菩 薩蔵の二蔵判、第二に「釈其名」に 始まる経典の題目の解釈、第三に経典の分科がそれぞれ説かれている。~慧遠の経典注釈書の他に見られない大きな特色は、経文の語学的研究である。~このような特色は、大変珍しいも のであり、智顗、吉蔵にはほとんど見られないものである。
- 智顗、吉蔵の注釈書
第一の特徴は、随文釈義を含まず、経典の思想を総合的に明 らかにする注釈書が著わされたことである。~智顗は『法華玄義』において、釈 名・辨体・明宗・論用・判教の五重玄義の視点から『法華経』を総合的に解釈している。~吉蔵はたとえば『法華遊意』において「十門」を立てている 。智顗、吉蔵の注釈書の第二の特徴は、彼らが独特の解釈方法を確立したことである。 智顗は『法華文句』で因縁・約教・本迹・観心という四種釈を用いている 。吉蔵は、 依名釈義・理教釈義・互相釈義・無方釈義という四種釈を用いている
- 小結
初期の中国仏教における経典注釈書について概観を試みた。儒教の経学における注と義疏の区別と、注から義疏への移行をふまえて、仏教経典の注釈書における注から義疏への移行を具体的に見た。
第二章 『法華文句』とは何か
【1】 成立
『法華文句』は『法華経』の随文釈義の注釈書である。~湛然は『法華文句記』の冒頭で、「文句」という言葉について「今、但だ句を以て其の文を分かつが故に、文句と云う」と述べている。つまり句読点の打たれていない経文に対して、句点を打つことによって文意を明らかにする。このことが注釈という意味になる。~『法華文句』の成立に関する文献学的研究に先鞭を付けた佐藤哲英氏の研究をさらに発展させた研究は平井俊榮氏の『法華文句の成立に関する研究』であり、現在、『法華文句』について考察するにあたっては、どうしても平井氏の研究を踏まえなくてはならない。~現在の研究の課題は、智顗と吉蔵の法華経観の総合的な比較研究であると思う。
【2】『法華経』の分科―一経三段・二経六段
中国において経典を注釈する場合、経典の段落分け(経文の分科、科文)が中心的な課題であった。~『法華文句』の『法華経』に対する分科は一経三段、二経六段と呼ばれる。~迹門と本門との独立性を強 調するために、この二門をあたかも独立の経典であるかのように、二門それぞれに序 分・正宗分・流通分の三段落を設けたのである。~ 本迹の具体的な用例は、鳩摩羅什の弟子の僧肇(? ―四一四)の『注維摩詰経』の 序に「本に非ざれば以て跡を垂るること無く、跡に非ざれば以て本を顕わすこと無し。 本跡殊なりと雖も、不思議一なり」(T 38. 327b3-5。また、T 55. 58b5-6)が有名である。~中国仏教においては僧肇以来、本迹という術語が盛んに用いられるようになった。
- 四種釈(因縁釈・約教釈・本迹釈・観心釈)の説明
『法華玄義』の名・体・宗・用・教の五重玄義に対して、『法華文句』のもっとも 大きな特色の一つは、『法華経』の経文に対する四種の解釈方法、すなわち因縁釈・ 約教釈・本迹釈・観心釈である。
(1)因縁釈 因縁とは、仏の感と衆生の 機の関係、つまり衆生の機が仏を感じ(仏に働きかけること)、仏がそれに対して応ずるという救済的関係に基づく解釈である。
(2)約教釈 約教釈については、「若し機に応じて教を設けば、教に権実・浅深の不同有り」とあるように、仏が衆生の多様な機に適合するように さまざまな教えを説くことを踏まえた解釈である。
(3)本迹釈 本迹釈については、『法華経』の本門と迹門の区別を踏まえて、迹門の立場に立つ因縁釈・約教釈 を越えて、本門の立場を探究する解釈である。
(4)観心釈 観心釈については、因縁釈・ 約教釈・本迹釈のように、経文を言葉の上で理解するだけでは、他人の貯金を数えるようなものであり、仏教の真理を我が身、我が心に体得することを探究する解釈である。観心釈の箇所には、「即空・即仮・即中」という円融三諦を観察する円教の一心三観の用語が頻出するが、これが観心釈の目的である。
【4】 四種釈に関する平井説の検証
平井氏は『法華文句』の四種釈を厳しく批判している。 本節では、平井説の妥当性について検証したい。(以下、中見出しのみ挙げ、テキスト参照の事)
(1) 果たして『法華文句』四種釈は吉蔵の四種釈の影響か―『維摩経文疏』との関係
(2) 『文句』四種釈と吉蔵の四種釈との類似性に関する平井説の妥当性
(3) 『法華文句』の四種釈の経典解釈方法としての妥当性 経典の解釈とは、
(4) 小結
次回の本年度後期の第一回は、10月26日午後6時半より、テキストは『法華文句(Ⅱ)』の328頁で巻第三上の初めからです。途中からでも講義についていけますので、どうぞ御受講のほど宜しくお願いいたします。 (文責:スタッフ)