2019年12月17日(火)午後6時30分より、菊地先生の講座【歴史から考える日本仏教④】〈鎌倉仏教史の名著を読む〉第3講「平雅行「法然の思想構造とその歴史的位置」を読む」が行われました。今回の論文の著者平雅行は、京都大学文学部卒業。現在は京都先端科学大学教授、大阪大学名誉教授。大阪大学において、前任の黒田俊雄が提唱した顕密体制論を継承し、それまでの鎌倉新仏教中心史観を批判しながら法然・親鸞研究との接続を図っている。
はじめに本論文について。本論文の初出は『日本史研究』(189号、1979年)。京都大学に提出した修士論文の一部で、平の処女論文。河田光夫の法然の善人意識をめぐる論文をきっかけとして、法然の思想を全面的に洗い直してみようと試みたもの。菊地先生は、本論文は長い論文だが中身が濃い。1979年に書かれた本論文の骨子は、現在でも平において全く揺らいでいない、と指摘されました。
本論文の内容について、特に以下の点についてご説明いただきました。1.問題の所在。近年(1980年代)の日本中世史研究と日本思想史について。思想史研究の方法として、特徴的な思想家研究(A)と一般的な歴史の展開(B)とは、平行しつつどこまでも交わらないという立場と、(A)と(B)は思想史全体の中で捉えるべきという立場がある。平は前者、菊地先生は後者である。黒田俊雄は明らかな二項対立は取らないが、平は二項対立を取る。また平は「頂点的思想家」研究の停滞と立ち遅れを指摘し、大隅和雄・高木豊らの研究について触れていない。学術論文としては明らかな欠陥であるが、これについて菊地先生は、二項対立を取る平にとって、大隅・高木の研究は(A)と(B)を混合していると見做しているため、彼らの研究を「頂点的思想家」研究と捉えていないのではないか、と指摘されました。2.法然浄土教の地平。法然の教学は、宗・門・行という三つの位相レベルで成立している。宗の位相について、捨聖帰浄(聖道門を捨て浄土門に帰す)を主張したのは道綽・善導の人師であり釈尊ではない。即ち、宗の位相では浄土宗を真の仏教の一つとして主張するに留まり、諸宗批判を否定しえなかった。次に門の位相について、この段階に於いても法然は、聖道門による得悟を否定しえなかったが、対機の普遍化や二重の末法観・機根観によって、当時一般的だった大衆宗教と達人宗教との二重構造の打破・克服に努力した。最後に行の位相について、法然の「選択一義」は、石井教道が指摘した「弥陀を主体とする取捨」であり、念仏を選ぶ主体を行者から弥陀へと転換した点に、法然の思想創出のすべての鍵がある、と強調する。その上で法然における称名念仏は、諸行に対してプラスの価値(顕密仏教)でもなければ、反価値(親鸞・日蓮)でもなく、ゼロ価値という独特の位置づけを付与する。3.法然における諸問題。現世祈祷・持戒・念仏観など、法然の思想構造における位置づけを行う。4.顕密仏教と異端思想。機根観・専修観・易行観について、顕密仏教と専修念仏の思想的対立点と、その背後にある世界観の相違について言及している。菊地先生は、平は1・2章で述べたことを3・4章に敷衍していく、と指摘。むすび。法然及びその門下は、顕密主義と異端という、決して交わることのない二つの世界像の過酷な選択を時代状況から迫られていた。菊地先生は、二者択一を迫る思考は分かりやすいが、門下はいったん法然の選択本願念仏説を通過しているという点が重要なのではないか、と指摘されました。
おわりに、本論文精読の総括として、縷々ご指摘してこられたことに加え、石井教道の研究を中心に宗学研究を積極的に活用している点を評価されました。質疑応答は3人の方から、法然の弥陀本願について、日蓮の著『念仏無間地獄抄』について、日蓮と法然の機根観・悪人観について、など日蓮と法然に関することを中心に質問があり、一つ一つの質問に丁寧にお答えをいただき、今回も深淵にして濃密な精読が終了しました。
次回は「阿部泰郎「女人禁制と推参」を読む」、2020年1月21日開講予定です。当日のみの受講も大歓迎ですので、事前にご連絡頂ければ「事前資料の論文」をお送りします。どうぞご聴講ください。(スタッフ)