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講座「鎌倉仏教史の名著を読む」

講座「鎌倉仏教史の名著を読む」第1回講座報告

By 2019年10月15日12月 8th, 2024No Comments

令和元年10月15日(火)午後6時30より、菊地先生の講座【歴史から考える日本仏教④】〈鎌倉仏教史の名著を読む〉第1講「上島享「鎌倉時代の仏教」を読む」が行われました。4回目のシリーズとなる本講座では、鎌倉仏教史の名著を精読していきます。今回の論文の著者、上島享氏は菊地先生の4歳年長であり、京都大学で博士号を取得し現在京都大学教授。『日本中世社会の形成と王権』で、角川源義賞を受賞。本論文は岩波講座日本歴史中世1の1本として、2013年に執筆され、菊地先生は、特に中世社会の成立を「藤原道長の時代」(10世紀後半=摂関期)に見ながら、同時期にスタートして鎌倉時代(13世紀)にいたる中世仏教の展開を論じ、中世後期への見通しについて述べている、と上島氏独自の視点で中世史をとらえていると評価。一方で、講座物という性格上もあって、大事な先行研究の見逃しが目立ち、問題点も多いことを指摘されました。

はじめに。黒田俊雄が顕密体制論を提唱して以後、中世仏教の主流は「鎌倉新仏教」ではなく「顕密仏教」であるという認識が定着している。本稿の視点の第1に、「顕密体制論の成果を継承し、その枠組みの見直しを進める」とするが、菊地先生は、2010年代に於いて、なお50年前の顕密体制論から出発する必要があるのか?と指摘。第2に、「新たな時期区分による仏教史の叙述」として提示した時代区分は、すでに石母田正の提唱した時代区分であると指摘されました。以下、本論文の内容について特に次の点について説明されました。1.顕密体制論の成果と課題。顕密体制論について、「権門体制・顕密体制・荘園制社会の三本柱」とあるが、朝廷・天皇・貴族などの権門社会は、中世国家・社会全体を包摂する上位概念であり、思想的イデオロギーである顕密体制や荘園制社会は、権門体制を支える下位システムとして後二者がある、と指摘。また、正統(旧仏教)と異端(新仏教)について、これまでの研究者が無視してきた高木豊氏らの研究に注目する点は重要だが、具体的には検討していない。加えて遁世を語る上で、遁世を社会システムとして確立的に論じた大隅和雄の研究を全く参照していないのが大問題であると指摘。2.新たな中世仏教思想史へ。ここでも上島氏は先行研究について論究せず論を進めているため問題がある、と指摘。たとえば「寺院社会の世俗化」について、大隈氏の研究を継承していないので、遁世の仏教の有効性を引き出す古典的な論理に回帰している。また戒・定・恵の三学を把捉するパターンとして、立方体の表を用い8パターンを示しているが、三学を基準とした3パターンの表で把捉は可能であり、パターンを増やすことによってかえって分かりづらくなっている、と指摘。3.中世仏教の歴史的変遷。権門寺院を中核として周辺に遁世僧が形成していく歴史的過程について、末木文美士氏らの研究を取り上げ、「これらとは異なる中世仏教理解を示したい」とするが、この整理はほとんど末木氏と一致しているのではないか、と指摘されました。

課題と展望について。

・80年代以降、レジーム論からモデル論に歴史叙述の中心がシフトし、顕密体制論をめぐる議論は事実上置き去りになっている。いちど顕密体制論を完全に放棄しなければ先に進めないのではないか。

・問題提起に急なあまり、史料調査が不十分で実態から乖離した議論となり、けっきょくは問題提起そのものが空論となって破綻している。

・先行研究のフォローをせず、自己の〈独創〉を際立たせようとするあまりに、意図的に先行研究を無視しているかのような印象を与え、けっきょく問題提起以前の研究段階に回帰している。結果として、かつての顕密体制論が抱え込んだ矛盾と問題点をそのまま継承している。

最後に、以上のような課題と展望を挙げ、深広にして緻密な精読が終了しました。本年度前期第1回講座に於いて、菊地先生より学術論文を書く・読むことについてご教示をいただきました。今回の講座を受講し、史料調査や先行研究のフォローがいかに重要であるか、それが不十分であることによってどのような問題が発生するのか、改めて教えていただきました。

次回は「家永三郎「日蓮の宗教の成立に関する思想史的考察」を読む」、11月19日開講予定です。当日のみの受講も大歓迎ですので、事前にご連絡頂ければ「事前資料の論文」をお送りします。どうぞご聴講ください。(スタッフ)

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