特別講座「近代仏教研究の最前線!」

特別講座「近代仏教研究の最前線!」
2016年11月26日 commons

 

一日集中講座として11月26日(土)に「近代仏教研究の最前線!」開催されました。本年4月に刊行された『近代仏教スタディーズ―仏教から見たもう一つの近代』(法蔵館)をテキストとして、6時間以上にわたる講義を40名を越える参加者が熱心に受講しました。3名の講師陣は、この本の編集・執筆にあたった大谷栄一先生、近藤俊太郎先生、碧海寿広先生で、現在の「近代仏教研究」を違う角度から照らしながら全容が分かるようにご講義頂きました。

大谷先生は「仏教の近代化を捉え返す」という題で、近代仏教の流れを理論的な側面を中心に解説し、近藤先生は「近代日本の仏教史をたどり直す」で、近世から明治維新をへて敗戦時にいたる近代仏教の歴史的側面を述べられ、碧海先生は「近代仏教思想の可能性を問う」で、清沢満之と近角常観を取り上げてその意義と可能性について論じられました。次にそれぞれのご講義内容について、簡単に報告いたします。(なお、近代仏教の時代範囲は明治から昭和20年の敗戦まで、その後は現代仏教となります。)

 

大谷先生の講義は、現在の近代仏教研究の盛り上がりについて、吉田久一『日本近代仏教史研究』(1956)以来の二度目のピークだと捉えたうえで、もう一つの近代の構想や近代化批判なども前提として、「伝統仏教」と「近代仏教」の定義を問い直して行きます。そして伝統的な葬式仏教も、実は「近代天皇制国家の基盤となった家父長的なイエ制度」を維持する役割を担ったのであって、近代仏教と葬式仏教とは両者ともに近代化によって作られたものであることを明かし、「ビリーフ(教義)⇔プラクティス(儀礼)」の縦軸と「在家⇔出家」の横軸からの四象限による日本の近代仏教の類型図を提示します。そして「仏教の近代化」についての命題として、伝統仏教関係者には衝撃的な見解ですが、①「仏教の近代化とは、仏教が(日本の)寺院から出ていく過程」(吉永進一による)、②「仏教の近代化とは、「葬式仏教」と寺檀制度が徐々に衰退していく過程」(大谷栄一による)の二つを上げます。そのテーゼの有効性を、日蓮系教団の在家主義の勃興で確認した後、教学(ビリーフ)と教化現場(プラクティス)の乖離を指摘しながら、未解決に終わっている「平成の摂折論争」の意義を指摘して、講義を終えられました。

 

次に、近藤先生の講義は「近代日本の仏教史をたどり直す」という題名のとおり、まず幕末維新期からの西欧近代の衝撃と日本仏教界の対応について、仏教界が当初の神道国教化政策を転換させて、「僧侶・神官を動員した国民教化」を担うべく再編されていった経緯から見ていきます。そして、明治期の「新しい仏教」の始まりとその要因として、①仏教研究の近代化(南条文雄などの留学)と国際関係(釈宗演などの「シカゴ万国宗教者会議」参加と鈴木大拙の英語著作)、②キリスト教への対抗と仏教改革論(井上円了や中西牛郎の言論活動と各地での仏教青年会設立)、③「新仏教」運動(古河老川の『仏教』から仏教清徒同志会結成)と「精神主義」運動(清沢満之の浩々洞から『精神界』発刊)、④日清・日露戦争への仏教界の対応(大勢は戦争追認、一部に厭戦論や非戦論、日蓮主義から国体論)という、4つの視点を挙げました。大正時代は仏教社会活動の展開期として、内務省が指導する国家の良民をつくる感化救済事業を受けて、各宗で「仏教感化救済事業」が組織される中、関東大震災によって「社会事業+社会教化」が仏教界の重要課題となります。また、その少し前より仏教連合会(1915,12)や東京仏教護国会(1916,11)が結成され、文化的には『大正新修大蔵経』など出版事業や仏教文学も充実して大正教養主義とリベラリズムの時代を謳歌しますが、次の昭和前期から「戦争協力への道」に入っていきます。満州事変以後の戦時下においては、宗教団体法(1940,4)が公布されて総力戦体制が強化されて、また真宗や日蓮宗では「聖典削除問題」「日蓮遺文削除問題」が起こり、やがて戦争末期には大日本戦時宗教報国会(1944,9)が設立され、翌年の敗戦にいたって仏教界はようやく新たな時代を迎える、という近代仏教の歴史をご講義を頂きました。

 

碧海寿広先生は「近代仏教思想の可能性を問う」の講義において、まず近代仏教思想の前提として、仏教がキリスト教の影響下で個人の信仰を問題とする「宗教」になったことをあげ、仏教がキリスト教と科学という二つのライバルに対して、「仏の教え」を説くという原点回帰と、「国民教化」という国家に有用な課題を担ったことを指摘します。また、井上円了を端緒として仏教の哲学化と信仰化が進み、清沢満之の『宗教哲学骸骨』が出されますが、日清戦争以後に個人の内面の確立を要請する「信仰の時代」が到来し、徐々に超宗派の連合から宗派単位の活動期に入っていきます。清沢は、「自己とは何ぞや。これ人生の根本的問題なり」と述べた『臘扇記』を書き、宗教哲学から「内観」へ向かい、「精神主義」運動を領導していきます。清沢は、理性を超える宗教性の次元を提示しましたが、社会的次元が浅いという欠点があり、それを補ったのは求道学舎の説教師・近角常観です。近角は、仏教の長き歴史にある仏教者達の体験を重視してその伝統を復興、多くの聴衆を集めての影響は、哲学者の三木清や谷川徹三、また岩波茂雄や伊藤左千夫にも及びました。また、「精神主義」運動の中心にいた暁烏敏は、圧倒的な超越性をもつ絶対他力の信仰を追求して、伝統を超えて「個人が直接に師(弥陀や親鸞)につながる救いの体験を重視しました。しかし、そうした自由な解釈に基づく教義論は、仏教と国家神道を同一視する皇道仏教への道をも開くものでした。最後に碧海先生はまとめとして、近代仏教の思想史を再考することは、現代もまだ近代主義の中にいる私たちにとって、近代を超えての未来を展望することのつながる、と講義を閉じられました。

その後の質疑応答は、事前に受講者の皆さんに質問内容を書いて頂き、それを司会が読み上げて講師先生がそれぞれ答えていくという形で進めました。質問用紙は15枚ほども提出され、それぞれがレベルの高い質問だったこともあり、講師先生方の応答も緊張感のある詳細にわたっての発言となりました。そのため一時間かけても質疑を終えることが出来ず、予定よりも15分以上遅れて大変充実した一日集中講座を終わることができました。

あらためて、遠方よりご出講くださいました大谷先生、近藤先生、碧海先生には、素晴らしいご講義を頂いたことを心より御礼申し上げます。この講義で得た、近代仏教における多くの課題は、また法華コモンズの研修会において反復しつつ解決していくことを志して行きたいと思います。また、丸一日お付き合い頂いた御聴講の皆さま、今後も現代的な課題を含めて刺激的な講義企画を考えてまいりますので、どうぞよろしくお願いたします。

合掌

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